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こころの音50

このまえ、
創価学会(そうかがっかい)のある壮年の方が
話してくれたんだけれど、
その人のお母さんも、
創価学会員なんだけど、
そのお母さんが、言うには、


「最近、幸せだと思うのは、
ご本尊(ほんぞん)に
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
となえて、
いろいろ、祈るんだけれど、

最近は、自分のことを、
祈(いの)らなくてよくなった!

それが、なにより、幸せだと思う。」


と、言っていたそうです。


※ちなみに、ご本尊(ごほんぞん)とは、
創価学会が祈る対象(たいしょう)として信じている本尊で、
紙などに、すべて文字で描かれた
曼荼羅(まんだら)です。

それは、
日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が、
仏(ほとけ)の生命そのものを表現したものであり、
また、自分の生命そのものを表現したものでもあり、
その必ず幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、
自分の中にも、
すべての人間の中にも、
まったく同じように、そなわっていることを
あらわしたものが、
ご本尊(ほんぞん)です。


だから、そのお母さんが、
ご本尊に祈ることは、

『人のこと、ばっかり!』

人の幸せ、地域(ちいき)の幸せ、世界の幸せ!

それが、なによりの心配事(しんぱいごと)であり、
興味(きょうみ)の中心だと
いうことだと思う。


創価学会では、よく、

『境涯(きょうがい)』

という言葉を使うけれど、
この、お母さんは、
ほんとうに、
境涯が、大きいと思う。


きっと、
人の幸せ、地域の幸せ、世界の幸せを、
自分の幸せと感じているんだと思う。


よく、『境涯(きょうがい)』は、
幸せを入れる器(うつわ)に例(たと)えられる。

器(うつわ)が小さいと、
少しの幸せしか、入れることができない。

器が大きいと、
たくさんの幸せを入れることができる。

それと同じように、
境涯が小さいと、幸せも小さい。

自分のことしか考えられない。
だから、せま~~い幸せしか、
感じることができない。

境涯が大きいと、幸せも大きい。

人のことを、世界のことを、
まるで、自分のことのように、
喜び、
幸せを、感じることができる!

もちろん、それだけでは、いけないと思う。

自分の悩みや問題がある場合は、
しっかりと、その悩みや問題に立ち向かい、
解決していく!

そのために、ご本尊があり、
そのために、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
となえる!

けれど、また、
それだけでも、いけない。

なぜかというと、
人のこと、世界のことを、祈っていかないと、
『境涯』が、大きくならないからだ!

境涯が大きくならないということは、
幸せも、大きくならないということです。

だから、人のこと、地域のこと、
世界のことを、祈っていくことも、
ものすごく、大切!

けれど、不思議(ふしぎ)なことに、
ご本尊に、南無妙法蓮華経をとなえていると、
はじめは、悩みが、いっぱいあって、
自分のことしか祈っていないのに、
それが、だんだん変わってきて、
人のことを、
真剣に祈れるようになってくる!


幸せのレベルが、
違(ちが)ってくるということだと、思う。


不思議だけれど、南無妙法蓮華経には、
人間の境涯(きょうがい)を、
開く力(ちから)がある!


池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、
まえに言っていた。


『ご本尊に祈るのに、祈り方なんてない!
自分の思うがままに、祈ればいい!』


人間の、どんな思いも、
ありのままに受け止め、
それを、最高に良い結果として、
出してくれるのが、
ご本尊であり、
また、それが仏法(ぶっぽう)だと思う。

もちろん、自分が祈った内容とは、
違う結果が出ることもある。

けれど、幸せという観点(かんてん)から見ると、
その時は、わからなくても、
最高の結果が出てきたことが、
あとになって、
わかることが、よく、ある!


それが、
南無妙法蓮華経の不思議なところです。


祈ったとうりのことが、かなったら、
幸せにならない場合は、
祈った通りには、ならないで、
別の結果が出る!


しかも、それは、
幸せということから考えると、
最高の結果が、出ている!


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

幸せとは、なんだろう?


と考えていくと、
ほんとうに難(むずか)しい!

自分の願いが、かなったら、
幸せだ。

でも、自分だけの願いが、かなっても、
他の人たちが不幸だったら、
あんまり、幸せでないかもしれない。

人も、自分も、
幸せにしていけるのが、
「仏法(ぶっぽう)」です!

南無妙法蓮華経を、となえていくと、
祈っている内容は、どうであれ、
自然(しぜん)と、人も、自分も、
幸せになる方向に、進んでいける!

これが、自分だけの幸せだったら、
幸せは、小さい。

けれど、創価学会が実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経の仏法は、
絶対(ぜったい)、そうはならない!


自分も、人も、世界も、
幸せになっていく。


だから、スゴイ!
だから、ほかの何よりも、
本当の幸せを、
心から、
感じることができる!


こういうのを、『歓喜(かんき)』という。


だから、日蓮大聖人は、

『南無妙法蓮華経は、歓喜の中の、大歓喜なり!』

と、言ったんだと、思う・・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

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