SSブログ

こころの音133

創価学会二代会長の、
戸田城聖先生が、

「病気になった体それ自体が、
 病気を治(なお)す力(ちから)を持っている。」

と、言っています。

病気になったのも、自分の体であれば、
病気を治すのも、自分の体だ。
当然のようだけれど、
不思議(ふしぎ)な気もする。

ぼくには、正直、
医学的な話しは、できません。
そういう話しは、医者に、まかすとして、
ぼくは、仏法(ぶっぽう)という、
最高峰の生命哲学(せいめいてつがく)から、
考えていきたいと、思います。

まず、仏法的に考えて、
なぜ、病気になるか?というと、
その人の不摂生(ふせっせい)や無理(むり)な生活など、
その人の日々の生活に問題がある場合も、
多いと思いますが、
そうでない場合もある。
難病(なんびょう)などの場合、
「なぜ、自分が?」と思うような、
突発的(とっぱつてき)な病気に、
見舞(みま)われることも、
ある。

どちらにしても、
病気になったのは、自分の体だ。
仏法では、その原因を、
必ず、自分の中にある!と説く。
しかも、それは、表面的な問題ではなく、
自分の生命の奥底に潜む(ひそむ)、
根源的(こんげんてき)な原因です。

たとえば、不摂生(ふせっせい)や、無理な生活が、
たたって、なんらかの病気に
なってしまったとしても、
では、なぜ?悪いとわかっていても、
不摂生や、無理な生活を、してしまう、
自分があるのか?
わかっていたら、その生活を、直(なお)せばいいのに、
それが、どうしてもできない、
自分がいる。
また、突発的(とっぱつてき)な病気の場合は、
その原因すら、わからない。

そのような、わかっていても、
なかなか、治せない悪い習慣や癖(くせ)、
そこから起こる、さまざまな病気、
あるいは、自分には、どうしようもないと
思われる、突発的な病気、
こういう、自分では、どうしようない、
宿命的なものを、宿業(しゅくごう)といいます。

風邪とか、腹下(はらくだ)しとか、
すぐに治るような病気ではなく、
生活的なものにしろ、突発的なものにしろ、
宿命的なところから来る病気は、
仏法では、その人の持つ、
宿業(しゅくごう)から来ていると、説きます。

また、この宿業(しゅくごう)が、なぜ、
その人に、宿(やど)るか?というと、
それは、間違った宗教によります。
今まで、生きてきて、かかわってきた、
間違った宗教も、そうですが、
人間を生命として、とらえる時、
人間の生命は、
今、生きている一回きりの人生で、
形勢(けいせい)されたものではない!と、
とらえます。

人間には、過去世(かこせ)という、
過去の時代に生きてきたという年輪(ねんりん)があり、
その年輪が、気づかなくても、
自分の生命には、刻(きざ)まれている。
だから、ひとりひとりが、違う。
同じ人は、ひとりも存在しない。
人間の生命は、長い長い永遠の時間の中で、
生まれては死に、生まれては死ぬという、
輪廻(りんね)を、
何十回、何百回、何千回と、繰(く)り返している。

だから、今は、宗教なんて、
していないと言っても、
何十、何百回という過去の人生においては、
かならず、なんらかの宗教を、していたと、
考えられます。
それが、間違(まちが)った宗教であった場合、
その、悪(あ)しき宗教、間違った宗教に、
たずさわったという、
マイナスの刻印(こくいん)が、自分の生命に、
刻(きざ)まれてしまい、
それが、今の人生に、
さまざまな形となって、
悪影響をもたらし、幸せになりたいのに、
なれない宿命(しゅくめい)として、
その人の人生を、苦しめている。

笑う人も、バカにする人も、
いると思うが、
この考えは、間違っていないと、
断言(だんげん)して、いい。
さまざまな宿命的な病気にしろ、
幸せになることを、さまたげる、
さまざまな障害(しょうがい)、悪(あ)しき運命、
悲しき宿命を、もたらす根源は、
間違った宗教にある!!!

その、間違った宗教によって、
自分自身の生命に刻まれた宿命(しゅくめい)によって、
さまざまな病気が、引き起こされる!

だから、どんな病気であっても、
ほんとうは、原因は、自分にあるわけです。


信じようと、信じまいと、
これで、自分の生命に、
さまざまな病気を、引き起こす原因が、
わかったと、いえます。

原因(げんいん)が、わかったら、
その原因を、とりのぞけばいい!

これは、医学にしろ、科学にしろ、
仕事であっても、人生であっても、
当然(とうぜん)のことです。

ただし、人間の生命に、
刻(きざ)まれてしまった宿業の原因、
すなわち、間違った宗教から起こる、
さまざまな不幸を、とりのぞく方法は、
科学でも、医学でも、解明(かいめい)されていない。

それは、仏法(ぶっぽう)でしか、
解明されていない!


その間違った宗教の影響から起こる宿業を、
とりのぞく、唯一(ゆいいつ)の方法が、
正しき仏法の信仰に、つく!
ということです。


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

さまざまな病気などの宿業が、
間違った宗教から起こるのだったら、
その間違った宗教の悪害(あくがい)を、
取り除(のぞ)くためには、
逆に、正しき、真実の宗教、
現実に、すべての人を幸せにすることのできる、
真実の仏法(ぶっぽう)の信仰を、
行う以外、方法は、ありません!

それが、創価学会が、実践(じっせん)している、
真実の仏法である、
南無妙法蓮華経の仏法です。

この南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)は、
実際、どんな宿業も、
打ち破る力(ちから)が、あります。
現実に、
完治することは、不可能といわれながら、
この、南無妙法蓮華経の仏法によって、
病気を、克服(こくふく)した人は、
たくさん、います。

それは、生命哲学から、言えば、
当然だとも、考えられます。
南無妙法蓮華経は、生命における、
最高の良薬であるがゆえに、
生命に宿(やど)った、どんな毒も、
消し去り、蘇生(そせい)させることが、
できるからです!!

それが、
『南無妙法蓮華経を、となえる!』
ということです。

南無妙法蓮華経を、真剣に、となえていくと、
自分が、はるか昔の過去世に作ってしまった、
生命に宿った害毒、宿業さえも、
打ち破ることが、できる!

これが、創価学会が、
世界192ヶ国に、広がり続けている、
一つの原因だと思います。


「病気になった体それ自体が、
 病気を治す力を持っている。」


病気になったということは、
自分の生命の中に、その原因がある!
それは、わかる。
けれど、なぜ、自分がそうなってしまったのか。
なぜ、自分は、そんな病気にならなければ、
いけなかったのか・・。
その根本的な原因は、
生命に宿ってしまった
『宿業(しゅくごう』にある。

そして、自分の生命に宿った宿業が
原因であるならば、
その宿業を、
取り除(のぞ)けばいい!!

自分の生命に宿(やど)ってしまった
『宿業』という、病気の原因、
あるいは、不幸の原因を、取り除く力(ちから)は、
実は、自分の中にある・・!

その生命に宿った病気の原因、不幸の原因、
苦しみの原因を取り除く、
究極(きゅうきょく)にして無限の力が、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)です。

だから、自(みずか)ら、
南無妙法蓮華経をとなえる時、
自分の中から、病気や不幸、
あらゆる悪害(あくがい)を取り除く、
無限の力、無限の生命力が
湧(わ)き上がってくる。

そして、病気を、悩みを、不幸を
打ち破ることができる!!。


それは、
真実の『幸せの力』と、
言えるかもしれない・・。


そして、それが・・、
『南無妙法蓮華経を、となえる!』
と、いうことであり、
生命を蘇生(そせい)させ、
無限に、幸せを開花させる、
創価学会の、仏法の信仰です・・!!


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0